フランス語なんて知らなくても出来る
ビスケイ湾でのベアーボート・チャーター

(隠れていたセーリングパラダイス)
―――― その 1 ――

レポート: 高田尚之(ボランスIII)

 世界中にはセーリングに適した海面が数多くあり、そこには、必ずといっていい程チャーターヨットが存在する。そして、そこには、世界中からセーラーが集まる。たとえ自分が艇を所有していなくても、きちんとした技術と航海の常識とをもっていれば、1〜2週間の休暇と多少の小遣いで世界のセーリングパラダイスを自分のものとすることが出来る。借りられる艇の設備やその料金は世界中どこでもほとんど変わりがなくなってしまったほど、外国のセーラーたちはチャーターヨットを安易に楽しんでいる。

 日本のセーラーたちのもつ困難さは、通常、「外国語の壁」とチャーター海域の情報の少なさだろう。ここ数年、日本のセーラーも外国でチャーターセーリングを楽しみはじめた。が、まだ全くの先駆者たちだけであり、彼らが苦労して獲得した情報を公開する場もなく、他のセーラーたちの刺激剤にも参考にもなっていない。もったいない話である。

 筆者はこの夏、フランス・ノースビスケイ湾で家内と二人でベアーボート・チャーターをするチャンスに恵まれ、「外国語の壁」なんて問題じゃぁないという貴重な体験をした。ここを世界のセーリングパラダイスの穴場有力候補としてご紹介し、是非、訪れることをお勧めしたい。


フランスなんか、大嫌いだ !・・・・
 4年程まえの夏、ドイツ人夫妻と私たち夫婦の4人で、ウェスト・インディー諸島でベアーボート・チャーターをした時のことだ。2週間かけてグラナダまでの往復を終え、チャーターベースのマルチニーク島に帰ってきた。ちょうどその日、数10年ぶりという大ハリケーンが接近し、帰国予定便がキャンセルされ、マルチニークに足止めになってしまった。飛行機が一機も飛んでこないのだ。

 離島では便がキャンセルされると、帰国便の切符の奪い合いになる。キャパシティーが少さいから下手をするとなかなか帰国できないことになる。

 空港がいつ再オープンするのか等の情報はホテルには全くなく、翌日、タクシーでハリケーンのなごりの黒雲と澄んでいた水が高波で真茶色に濁っている海を横目でみながら情報をもとめて空港につめかけた。島の道はいたるところで寸断され、遠回りの末にようやくたどりついた空港ではあらゆる窓口がしまっていて何の掲示もない。サービス精神は全くない。時折事務所に人影をみつけ、何か教えてと問いかけてもフランス語で「何とかカントか」と数語返ってくるだけで、腹立たしいことこのうえない。英語で答えてくれないのだ。同行のドイツ人夫妻もフランス語は分からない。

 マルチニーク島はフランス領。カリブ海に浮かぶ島なのでフランス人の絶好のリゾート。フランス人だらけの島である。カリブ海に点々と連なるウェスト・インディー諸島は大航海時代に占拠したヨーロッパの国々がそれぞれの島を自分たちのかけがえのないリゾートとして今でも独立運動を尻目に所有しつづけ手放さないでいる(だからウェスト・インディー諸島でチャーターセーリングをする時には、島々がそれぞれ違う国になるわけで、殆ど毎日、出入国の手続きが必要となる)。

 何の情報もないまま、時間だけが過ぎ、足止め2日目。ホテルでは情報なし。止む無く、またも、空港へ。この日も空港のあらゆる窓口はしまっていて何の掲示もない。一体いつ帰国便は飛ぶのだろう。ガランとした空港では小さな売店が開いているだけで、「英語圏」の人々が情報を求めて右往左往としているが、フランス人はいない。彼らはどこかで情報が得られるのだろうか?

 そのとき、わたしは2階から数人が右往左往している人々を見下ろし、指差しながら何か話し合っているのを見つけた。2階の人々は空港関係者らしく見えた。特に大柄で色黒で茶色の制服を着て腰にピストルを付けている男は空港のガードマンではないかと思った。

 わたしは2階への階段を見つけ、ピストルを腰に付けている男の側に行き、聞いてみた。
 「すみませんが、空港はいつオープンするのでしょう、それにエアーフランスの窓口は今日も一日閉まったままなのでしょうか?」

 ピストルを腰に付けている男がピストルに手をかけ、私に英語で答えた。「ここはフランスなんだ。フランス語で聞いてくれ。」

そして、回りにいる仲間をみてニヤッと笑った。

 わたしは頭に来た。こんな、乗客無視の空港なんてひどすぎるじゃぁないか! 「ここはフランスだ」だって! 何がフランス語だ!

 出来るだけ冷静にと自分に言い聞かせてピストル男の目をジット見詰めて言った。

 「ここがフランスだということは知っている。だがわたしはフランス語を喋れない。私は日本からここに観光にきた。飛行機が飛ばなくて困っているのであなたに英語で聞いたんだ。私たち日本人はフランス人が日本に来て困っていたって日本語で聞けなんて言わない。フランスという国はそんなに不親切な国なのか。」

 ピストル男は仲間を見回し、英語で答えた。「わたしはこの空港の関係者だ。滑走路に水が溜まっているので、空港再開の見通しは立っていない。窓口のことは知らない」と。そして、それだけ言うと、目くばせして皆と事務所に入りガチャンと鍵をかけてしまった。

 結局、何もわからないまま3日目も過ぎようとしていた。わたしはアメリカにいる弟に電話をかけ、アメリカで調べてもらって、足止め4日目朝に空港再開の情報をえ、その日窓口の一番前に並び、無事に4人分の帰国のチケットを手に入れ、大ハリケーン後初めてのフライトで帰国の途につくことが出来た。

 その日フランス人たちはどこから情報を得たのか、空港の窓口にたくさん並んでいた。チェックインのときピストル男が偉そうに立っていた。係員に「彼はガードマンか」と聞くと、首を振って、「われわれのボスです。空港の所長です」と答えた。

 マルチニーク以来、わたしは、フランスという国とフランス人が大嫌いになった。


フランスには、知られていないセーリング天国があるはずだ・・・・
 わたしの周りには極く一部のフランスびいきの人をのぞいて、フランス人やフランスに好意をもっていない人が多い。フランス人は自分たちが一番だと思っている、とか、お高い、とか、英語を知っているけどしゃべってくれない、とか、外国人に不親切だ、とかがその理由だ。

 マルチニークから2年後の春、くだん件のドイツ人から電話がかかってきた。

「今年の夏、どこかで一緒にチャーターセーリングしないか? あまり長い休暇がないので、地中海なんかどうかって考えているんだけど・・・・」

 「うーん、地中海もいいけど、興味のあるところは行ってしまったんで、ヨーロッパならバルト海かフランスの大西洋岸がいいなぁ」と、わたし。

 ちなみに、フランスは大略正方形で、左(西)側が大西洋岸でビスケイ湾を形成し、右(東)側がベルギー等ヨーロッパ各国と接し、上(北)側が100マイル程度の幅のイギリス海峡を挟んでイギリスと接し、下(南)側が地中海とスペインに接している。

「そうか。フランス西海岸のビスケイ湾は魅力あるけど、マルチニーク以来、どうもフランスが好きじゃぁなくって・・・・。バルト海の夏は短いしなぁ・・・・。」

 ―――結局、いろんなことを話し合ったが、互いに休暇の都合がつかず流れてしまった。

 わたしは、長いことわたしたちが知らないセーリングパラダイスがフランスにはあるはずだと思っていた。ここ20年ほどの間、わたしは時間と小遣いの許す限り世界のセーリングパラダイスで多くのベアーボート・チャーターの経験をしてきた。そのいくつかは、本誌や姉妹誌クルージングワールド(現在休刊中)でご報告もした。

 世界中のセーリングパラダイスで一番多く使われている艇種はジャヌーとベネトーだ。ジャヌーやベネトーは華奢な作りで居住性がよく、決して頑丈な艇ではないが、天候がよく、程よい強さの風が吹き、波が良いセーリングパラダイスで使うには絶好の艇種である。ジャヌーやベネトーは日本でもたくさん帆走っている。外国にこれだけ艇を売るからにはフランス本国に艇の巨大な消費市場がなければならない。だから、日本では知られていないが、ジャヌーやベネトーの製造母国フランスには軽風で波が良いセーリングに適した海域が多数あるに違いないし、数多くのハーバーがあり、数多くのセーリング愛好者がいるはずだと思っていた。

 そして、そこには世界の通例から言ってもチャーターヨットが存在し、ベアーボート・チャーターも出来るはずであった。だが、フランスの海域の紹介などは日本には全くない。フランスが「英語圏」ではないからだ。日本のセーリング界も、英語が世界共通語だからの理由からか「英語圏」に取りこまれていて情報は英語で入ってくる。読んでいる雑誌も英語だ。だから、アメリカ、イギリスの他、英語圏の情報はよく聞きもし、読みもし、手にも入る。

 世界には、まだ、「英語圏外」のため、わたしたちが知らないセーリングパラダイスがたくさんあるに相違ないのだ。

フランスでのセーリング天国、そこは、地中海でなく、フランスが長い海岸線として持つビスケイ湾であるに相違なかった。だが、フランスのセーリング天国がビスケイ湾であったとして(実際に行ってみたらその通りだった、長い海岸線は非常に凹凸に入り組み、10マイルも走れば1つで5〜600艇をゆうに超える収容力をもつ近代的なハーバーが点在し、そこには艇が何万艘も係留されていた)、そして、そこでベアーボート・チャーターが出来るとしても、英語のセーリングガイドブックもないこの状況とフランス語を使えというこの高い「外国語の壁」をどう乗りこえればいいのだろうか・・・・?

 フランスの田舎でも、フランス人はフランス語を使えというのであろうか・・・・?

 田舎の人々もそんなに不親切な人ばかりなのであろうか・・・・?


行くことにした、ビスケイ湾へ。Le Crouestyって、どこ・・・・?
 この夏のはじめ、イギリスのTemplecraft社から宣伝パンフが送られて来た。中にフランス・ビスケイ湾でのチャーターヨットの短い紹介があり、筆者の旅心はにわかに沸きたった。Templecraft社とはトルコでのチャーターとイオニア海でのチャーターの二回の付き合いではあるが、社長の奥さんが日本人であり、英語が十分でない筆者にとって、話が複雑になった時には大いなる援軍として働いてくれた。

 『Brittanyはフランスの古くからのクルージングエリアで、温暖な気候、大航海時代からの伝統、古い町並み、おいしい地方料理、そして幾種類ものワインがあなたを待っています。Morbian湾の入り口にあるLe Crouestyはチャーターベースです。付近には数えきれない入り江や湾があり、さかのぼれる河川もあります。この海域は一番外側にBelle島があり、Quiberon半島に続くHouat島、Hoedic 島により囲まれている安全な水域でヨットマンのパラダイスなのです。』

 送られて来たパンフレットの付図からBrittanyはフランスのBuretagneの英語名称であること、すばらしいとするヨットマンのパラダイスはフランスのノース・ビスケイにあることがわかった。

 早速、本屋にとんでいった。そしてフランスについての旅行案内書や地図を片っ端から見てみたが付図以上の情報は何一つ得られなかった。チャーターベースのLe Crouestyが正確にどこにあるのか、どう行くのかなどサッパリわからなかった。

 だが、燃え立った旅心は押さえようになかった。仕事の都合を見極めて1ヶ月後に出発すること、家内と二人で30ft程度でアンカー・ウインドラスの付いている艇を1週間ほどベアーボートでチャーターすること等を決心し、Templecraft社に電話を入れた。

 ラッキーなことに、日本人の奥さんが出た。メッタに会社に来ないのだが、タマタマ来ていたのだと言う。言葉の障害がなければ全てことは簡単である。条件を告げ、艇の手配を依頼し、そして、聞いた。

 「実は、フランス語は全く分からないんですょ。一番心配なのはその点です。フランス語が全く分からくても大丈夫なのかどうか良くご主人に確かめてもらって下さい。それに、チャーターの前後の数日はブリタニーを車で旅したいのです。何でもいいですから、ご存知なことがあったら教えてくだい。」

 「心配ありませんよ。知人が最近ブリタニーに行きましたが、英語はしゃべってくれませんが、分からなければ紙に書いてくれたりしてくれて、親切だそうですょ。ブリタニーはすごく良いところと言っていましたょ。追って会社からFAXさせましょう。」


セーリングパラダイスにはある、それぞれの特殊事情・・・・
 冒頭、世界中にセーリングパラダイスがあると述べたが、各地のセーリングパラダイスには必ずそれぞれ特殊事情がある。その特殊事情はチャーター業者が送ってくるパンフレットなどでは分からない。そこを訪れ、体験して初めてその特殊事情が日本のセーラーにとって、どの程度「特殊」なのかが分かる。その「特殊」事情をどうしの凌ぐかがチャーターセーリングを成功させるコツなのだ。だから、世界のセーリング天国を体験したセーラーからの現地レポートが意味をもつ。

 勿論、現地でスキッパーを雇えば、或いはチャーター海域に知り合いがいるとか、或いは誰か準備をしていてくれる人がいる時はことは相当に簡単になる。ベアーボート・チャーターとは艇をベアー(裸)で借りて、自分の責任でセーリングを楽しむチャーターの仕方である。わたしは、スキッパーを雇うことをお勧めしない。なぜならば、往々にして雇われたスキッパーは雇い主がその海域を知らないため(あるいはスキッパーを雇うことにしたため情報収集をサボッタため)自分が都合がいいようにする。コースも、停泊地も、紹介するレストランさえもだ。客のためよりもスキッパー自身が最高に楽しめるように。だから、チャーターセーリングするなら苦労は多いがベアーボート・チャーターが一番よい。スキッパーを雇うより数倍も多く楽しめるし、自分の艇がそこにあるのと同じだからだ。

 フランス・ビスケイ湾での問題点は、Templecraft社からのFAXによると『潮の大きな干満差、大小の新型やクラシックとりまぜたおびただしい数の艇、フランス語の3点』で『紹介する現地Nautilocのマネージャーは英語が話せ、チャーター期間の推奨日程など必要なことがらを英語でブリーフィングします。ホテルのフロントを除きフランス人は殆ど英語を喋りませんが、それはフランス人が日本語を喋れないのと同じと考えて下さい。ですが、皆さん好意的ですので心配ありません。』という。

 だが、わたしは考えた。短時間のブリーフィングだけでは全部を教えられきるわけがない。一旦基地を出たら、あとの言葉は…? 例えば、ロールコールがあったら(チャータ海域によっては毎日1回ロールコールが義務のところもある)それは英語なんだろうか、フランス語なんだろか? ハーバーに入る時、或いは停泊ポンツーンを指定される時のVHF無線(ハーバーに入る時、或いは停泊ポンツーンを指定される時にVHF無線を使うチャータ海域も多い)はどうなんだろう? 天気予報はどうする? 買い物は? レストランでは? 等々、等々、疑問だらけであった。

 決心から出発まで1ヶ月もなかったこともあって(7月14日出発までならパリ往復10万を切る)Templecraft社とのFAXのやりとりも十分でなく、今までの経験の中で、一番高い「壁」(情報不足の壁と外国語の壁)と大きな不安を感じながらのチャーターセーリング行きとなってしまった。

 そして結果は表題のとおり『フランス語なんて知らなくても出来るビスケイ湾でのベアーボート・チャーター』であり、『隠れていたセーリングパラダイス』の発見なのであった。次号のレポートでは、「隠れていたセーリングパラダイス」がなぜ天国なのか、日本のセーラーが行くにはどんな問題点があり、どう問題であり、それをどうしの凌いだらよいのかなどについて出来るだけ具体的にご報告しようと思う。 (次号につづく)