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< ボランスグループの歴史 >
1970年千葉大ヨット部OB6人が「VOLANST世(25ft)」で静岡県沼津において活動開始しました。
1973年「VOLANSU世(32ft)」を建造、ホームポートを油壺湾に移し、同じ油壺湾のヨット「絹雲」のメンバーと知り合い絹雲のメンバーをクルーとして、神子元島レース、大島レース、江ノ島清水レース、鳥羽レース、洲本レース、三宅島レース、八丈島レース、沖縄レース等に参加し、レースにおいて外洋航海の経験を積んできました。
この間、1977年頃、油壺湾に面した土地を所有する林家と知り合い、ヨットのための倉庫を建て、借りることとなり、さらに、林家に将来の油壺の発展について提案し、ボランスの別荘を建てさせてもらうこととなりました。
その後、油壺湾沿いにはボランスの他に数件のヨットハウスが建ち、ボランスは油壺湾におけるヨットハウスの草分け的な存在となりました。
セーリングにおいては、1977年レースの経験を元に小笠原へのクルージングを行いました。(この頃小笠原にクルージングに行くヨットは海外からの帰りに寄る場合を除いて殆ど有りませんでした。)
1979年カリブ海でのチャーターヨットによる初めての海外クルージング。
(日本人でチャーターヨットによるクルージングツアーは恐らくこれが初めて)。
その後、第1回メルボルン〜大阪ダブルハンドヨットレースに参加したベネトウ42を購入し、グアムレースへ3回参加しました。
3回目(最後のグアムレース)には優勝する事ができました。
油壺においては、ボランスの小屋も全部で8棟となり、林家の協力を得て、ディンギー置き場、モーターボートの陸揚げ場も整備し、快適なヨットのベースを持っています。
ボランスグループは現在ヨットをSWN40にし、この油壺のベースを中心に国内でのクルージング、クラブレース、また海外でのチャーターヨットによるクルージング及びレースと幅広く活動しています。
次のページはボランス村の基地建設についてご紹介致します。
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